◯SPECを見て感じたこと【ネタバレ含む】
こんばんは。
SPEC劇場版見終わりました。
面白かったー!ドラマ版から劇場版にかけて、一気にスケールが大きくなりました。
見終わった後でこんなにも考察、解説を読みたくなった映画は他にはなかったかも。
ドラマ版では、単に凡人にはできないこと(未来が予言できたり、相手が考えていることがわかったり)ができるSPECフォルダと呼ばれる人がいることがわかる。当時はSPECほしいなあとか思って見ていた。
映画版では、地球における人類は2種類いることが明かされる。SPECフォルダは旧人類、凡人が新人類。SPECフォルダの主張は、環境を壊して自分たちの欲望のまま生きている凡人たちが地球を壊していることは大きな問題でありリセットしなければいけない。しかし、リセットの引き金はあくまで凡人たちに旧人類が試練を与え、それを平和的に乗り越えられるかにかかっている。そのため旧人類が凡人を破滅させたわけではない。凡人の各国の偉い人がSPECフォルダを見下した発言や態度は滑稽だった。
そんな中で当麻と瀬文はどうするのか。衝撃のラスト。
映画を見終わったら、SPECを持ちたいという感情は消えていた。
そもそもSPECは持ちたいと思って持つのではなく強い思いがSPECを生むと感じたから。もし自分にSPECがあればもっと簡単にできることも増えるはず。しかしできないからこそ、できるまでの努力の過程が楽しい。SPECはそんな人生のささやかな楽しみを奪ってしまうものでもあるなあと思った。
SPECの世界観はそんな小さいことは問題にはなっていないけれど、
海野先生の「才能は自分が望むものと一致しない」やできないことは豊かということは少し自身の考えと共通しているなと感じた。
また、御前会議やファティマ第三の預言や並行世界などSPECの物語にとどまらない歴史の教科書に出てくるような用語もたびたび登場し、ますます解説を読みたくなった。
放送当時に見た時と今では抱いた感想も変わっていた。
これだから以前見た作品の見返しはやめられない。
堤幸彦監督にハマりそう。
おやすみなさい。
ちよさく.